GOOD IN BED

 逢瀬は月に一度程度。ミツギの仕事が比較的早く終わる日の夜、ホテルで会う。彼の仕事が立て込んでいれば会わない月もある。アヅマは別にそれでもいいと思っている。別に恋人でもないし、特別好きな相手でもない。ただ、身体の相性がやたらいいというだけの、反りも合わない男。
 毎回、約束の時間ぴったりに会うことはなくて、結構な待ちぼうけを食らうこともある。そういうときは、大体適当なカフェに入って、スマホゲームでもして時間を潰す。それでも、一時間以上遅刻したら帰ることにしている。一時間遅れているということは、実際にやってくるのは大概もっと何時間も後になるということが分かっているから。数度、それをやられて懲りた。事前に連絡くらいしてくれれば違うのに、ミツギは筆不精だ。彼が連絡してくるのは、会いたいとき、つまりセックスしたいときだけ。本当、そういうところが嫌味な男だ。

 今日は入るなりいきなり押し倒された。相当溜まっているらしい。前戯もそこそこに挿入されて今に至る。それでも気持ちがいいのだから手に負えない。ベッドが激しく軋む音を聞きながら、強い快楽に押し流されないように、違うことを考える。流されてしまったら、感じすぎてしまうのだ。自分でもこんな一面があったのかと驚くくらい、身も世もなく乱れて、泣いてしまう。それは嫌だから、考え事をして気を逸らす。ーー明日はバイトも休みだし、帰ったら何しようかな。どうせ二十三時は過ぎるし、寝るだけか。そうだ、録画してたお笑い番組が。
「おい、集中しろ」
最奥にグッと押し込まれた感覚があって、アヅマの意識は完全にそちらへ向かう。ビリビリとした痒さのような、治りかけの傷が疼くような感覚、それでいてハッキリとした快楽がアヅマに押し寄せてきて、自然と涙が溢れる。
「あっ、やっ、そこ、ぁっ……」
「や、じゃねえ。イイくせに。もっと奥開けろ」
奥を開けろと言われても、自分でどうにかなるような場所ではないし、いつもこじ開けるくせに、勝手なことを言う。大体、穴さえあればいいだろうに、集中しろなんて、なんでそんなことを。どうせ、身体の相性がいいなら、相手は誰だっていいんじゃないのか。意地でも感じてる素振りを見せたくなくなって、顔を背けた。ぎゅっと唇を噛み締める。奥をゆっくり抜き差しされて、トントンとノックされて、下半身が溶けて行ってしまいそうな感覚に陥る。ミツギの荒い呼吸も伝わってきて、二人の体がひとつに溶け合って、同じ神経を共有でもしているみたいに、二人は互いの身体を感じていた。うちから湧き上がるような、他人から与えられている快楽とは思えないような、そんなジワリジワリと確実に身体を侵食していく悦楽。アヅマは涙をポロポロ流しながら、必死に感じているところなど見せないように堪えていた。
「アヅマ」
驚いて自分の上の男を思わず見上げた。名前なんて、本土に帰って来てから呼ばれたことなどなかった。いつも、おい、てめえ、クソガキの三つでしか呼ばれない。
(コイツ、俺の名前、覚えてたんだ……)
覚えていないんだと思っていた。目を丸くして見つめてしまう。動きを止めたミツギの指が頬を伝う雫を拭った。
「大丈夫か」
「な、何……、いつも、別に俺のことなんか気にしたことないじゃん」
ミツギは無言で顔を近付けてきて、ペロリと頬を舐めた。金色のカーテンで世界がいっぱいになったとき、星屑の中に顔を突っ込んでしまったのかと錯覚した。顔いっぱいの星に気を取られている間も、ミツギはマイペースにアヅマの頬を舐めたり、ちゅうと吸い付いたりしている。唇が瞼まで上がってきて、眦の雫を吸った。いつも自分勝手にアヅマを抱くくせに、どうして今日に限ってこんなことをしてくるのか、キラキラ光る色に気を取られてしまったせいで、まったく分からなかった。

 あの夜から、変わったことがある。時々昼間とかに、おそらく向こうは休憩中なのだろう、メッセージが来るようになった。『今、何してんの』とか『腹減った』とか、そんな取り止めのない、どう返事したものか悩むようなもの。
(俺は呟きSNSじゃねえんだぞ。なんだアイツは。コミュニケーション下手くそか)
仕方ないので返事をしてあげている。『バイトから帰るとこ』とか『なんか食え』とか、これまたどうでもいいメッセージ。一往復したら満足するのか、それとも読んでいないのか、大体その後は続かない。本当にどういう心境の変化なのだろうか。会う頻度も態度も少し変わった。月に一度程度だった頻度が二度、多いと三度になったりした。態度だって、いつも仏頂面で渋々会ってるみたいな感じだったのに、軟化した気がする。一番変わったのは実際にセックスしようというときの対応なんじゃないだろうか。毎回、適当にアヅマのモノを擦ってカウパーを出させて濡らして突っ込むという雑な行程が、前戯に時間をかけるようになった。Tシャツを脱ぐのは断固拒否しているので、上半身はあまりされないけれど、それでも腕や首などの出ている部分や、下半身などは丹念に触られて、舐めたりキスしてくる。正直、そういうことをされると困る。まるで恋人にする愛撫みたいで戸惑うし、気持ちが良すぎるから。ミツギに触られてキスされると、今までなんて比じゃないくらいに感じてしまう。触られる前からアヅマのモノがドロドロになって、後ろがきゅうきゅう疼く。早く突っ込んで掻き回してほしくなる。そんなこと今までなかったのに、ーーそもそもミツギと出会うまで、男とこんな関係になるなんて思わなかったけれど、ますますおかしくなっていく。アヅマの身体がどんどん変わっている、と感じる。ミツギに抱かれるための身体になっていってしまっている。そんなの、おかしいのに。戸惑いと混乱と、ミツギへの感情が少しずつ変わっていることを感じていた。

 このひと月、ミツギから連絡はなくて、久しぶりに長いこと会っていなかった。せっかくの休みだというのに生憎の雨で、どこにも行く気になれなくて、かといってすることもなくて、窓から外を眺めていた。よく雨が降っている。それにも飽きて、スマホに残っているミツギからのメッセージを眺める。最後のメッセージは一ヶ月も前に来たきり。取り止めのない呟きも送られてこない。無意識に溜め息を吐いていた。
(……、なんで俺、こんなにがっかりしてんだよ。変なの。連絡来ないのなんて、しょっちゅうあっただろ)
ミツギのことから意識を逸らしたくて、スマホをベッドに放った。そのまま床に寝転がる。どうしてこんなに退屈なんだろう。今まで、楽しかったことなんて、ほとんどないのに。つまんない時間を、退屈な日常を過ごすことなんて、慣れっこなはずなのに。ーー変なの。
 気付くと寝ていたらしく、頭がぼんやりする。何か、何か夢を見ていた気がする。そう、ベッドの上でーー。
(うわあああ! なんつう夢見てんだ、俺! 最悪だ……)
履いているハーフパンツに触ると、ぐしょぐしょに濡れていた。アヅマが出した体液で。夢の中で、ミツギに抱かれていた。優しく身体をほぐされて、解かれて、丹念に愛撫されて、ドロドロになるまで抱き合っていた。激しく後ろから攻め立てられて、高い声で喘いで鳴いていた。突き入れられて出し入れされるたびに涙が溢れて、許してほしいと懇願していた。でも、ミツギは意地悪で許してくれない。楽しそうに片眉を上げて、アヅマの弱いところを攻めるのだ。意地悪だけど優しくて、アヅマは甘やかされていた。身体の境界線がなくなるんじゃないかというくらい求め合って、熱く抱き合っていた。まるで愛し合うように、恋人のように。
「は……、あ、ふっ、ふぅぅ……」
思い出したら身体が熱くなってきた。身体を丸めて湧き上がる衝動に耐えようとしたが、アヅマのモノは緩く立ち上がってとろとろと先走りを垂れ流し始めたし、後ろは勝手にうねり始めている。
「あっ、ううう……、ふっ、はあっ、んっ……」
何もしていないのに身体がどんどん熱くなって、快楽が腹の奥に溜まっていく。潤んだ視界で、ベッドの下を探る。引っ張り出したのは黒い箱で、その中にはディルドとゴムが隠すように入れられていた。我慢出来なくて、湿ってグチャグチャのハーフパンツを下着ごと下ろす。震える手でディルドにゴムを被せて、後ろ手に孔に宛てがった。
「あっ……」
期待にナカが収縮する。そのままずぶずぶと埋め込んでいく。先走りが伝っていたから、すんなりとナカに入っていった。
「はあっ、あああっ、ううっ」
気持ちいい。それしか考えられなくなって、懸命に手を動かした。ディルドの太いところがアヅマの前立腺に当たって、良すぎて大きい声を出してしまいそうになって、慌ててベッドから枕を引っ張り顔を埋めた。
「ふうううっ、ううっ、ふぅ、んっ、んっ、んうう!」
今度は奥に欲しい。ディルドを根本まで埋め込む。
「はうううっ、アアッ……、そこ、そこ……、だめ、あ、ん、み、つぎ……、そこばっかり、あん……」
他に縋れるものがないから、ぎゅうと枕にしがみつく。口が勝手にミツギを呼んでいた。ここにミツギがいるわけないのに、彼に抱かれている気分になって、彼に攻められることを望んでいた。名を呼ぶたびに、アヅマのモノからは先走りが溢れて、床に染みを作っている。
「ミツギ、ミツギ、ん、そこ、んぅ、きもちい……、あううっ、はあんっ、やっ、そこっ、いいっ……」
奥を深く深く掘り進み、奥の一番いいところのほんの少し手前で止まる。ここはミツギでないと届かない。物足りなくて、でも気持ちが良くて、一心不乱に掻き回す。
「あっ、あっ、イク、イクからっ、ああ、ミツギ、あ、ミツギ、ふぅ、うううっ……」
最後の理性でゴムを前に嵌めた。その直後にビニールの中に大量の白く濁った液体が注ぎ込まれる。強張った身体から力が抜けて、床に沈み込む。
(……久しぶりにすげえ出した……)
一ヶ月、ミツギとの関係がなかったので、若い身体は大量の精液を溜め込んでいたらしい。出してしまうと怠くて仕方ない。
(一人で盛り上がっちまった……)
このディルドは以前ミツギと会わない日が続いて、身体の疼きがどうしようもなくなったときに、こっそり購入したもので、そこまで出番はなかったのだが、今日とうとうムラムラが止まらなくて使ってしまった。誰も見ていないのに気まずい気分になる。
「片付けんの、めんどくせー」
大きく息を吐いて、片付けのために身体を起こした。

 夕食を終えて、あまり面白いテレビもやってなくて、暇だったのでアプリゲームをしていたら、スマホの画面がいきなり変わって着信を知らせる。
「ミツギ?!」
慌てて電話に出る。
「もしもし……」
『俺だけど』
「誰だよ……」
ミツギから電話が来るなんて初めてで、驚く。それと、第一声が『俺だけど』は、普通ないんじゃないだろうか。
『今、どこ?』
「今? 家だけど」
電話の向こうの声は少し疲れているように聞こえた。いつもシャキッとしているのに、なんとなく力がない気がする。
「疲れてんの?」
『あ? ……まあ。ここんとこ仕事が立て込んでてて』
疲れた顔のミツギが思い浮かんで、少し同情する。思い切って提案してみることにした。
「俺ん家、来る?」
 着いたと電話があったので、アパートの前まで傘を差して行く。派手なスーツの割には地味な紺色の傘を差して、ミツギは立っていた。そしてやはり疲れた顔をしていて、暗がりでも分かるくらい顔色が良くない。
「顔、ヤバいな」
「そうか?」
「うん。……まあ、とりあえず入れば?」
アヅマが自分の部屋に向かうと大人しく着いてくる。それも意外すぎて、胸がドキドキした。
「どうぞ」
「ん」
あんまり素直に入ってくるから、本当に大丈夫なのか不安になってくる。ミツギだったら、自分の方がよっぽど部屋が汚いのを棚に置いて、人に平気で部屋が汚いとか言いそうなのに。一応座布団を勧めるとそこに座ったミツギが小さく呟く。
「腹減った」
あまりに力なく言うので、驚きすぎて声がひっくり返ってしまったが、一応聞いてみる。
「あ、あの、メシ食う?」
「うん」
「ちょ、ちょっと、待ってて!」
ーー素直すぎて、怖い。取り分けて残しておいた麻婆豆腐を温めながら、他には何もないので中華スープを作ることにした。と言っても、スープの素と卵を溶かし入れるだけのものだけれど。
「何、作ってんの?」
「ウワア!」
背後から、音もなく近寄って来たらしいミツギの声が、想像より遥かにすぐそばからして、身体が飛び跳ねた。
「び、びっくりした……。今日の残りの麻婆豆腐あっためてる……。あとスープもつけるから」
「ふうん」
興味があるんだかないんだか、分からないトーンの返事だった。
(ほんと、今日のコイツ、よく分かんねえ……。とりあえず出来るまでほっとこ!)
目の前のことに集中しようと思って、支度を再開したら、グイとTシャツの襟首を引っ張られた。
「わっ、さっきからなに……」
「これ、何?」
聞いたことがないくらい冷たい声でそう言われて、恐る恐る振り向いたら、怒ってるとかそういうのを通り越して、表情が無のミツギに見下ろされる。
「……こ、これって、何って、何が……?」
何を指して言っているのか分からなかった。ミツギの指が首の真後ろの付け根辺りに指を置いた。
「これ。赤くなってる。……キスマークじゃねえの」
「キスマーク?」
身に覚えがなくて首を捻る。
「虫刺されかなんかじゃねえの?」
「腫れてねえじゃねえか。これは鬱血痕だろ」
触ってみる。確かに腫れていなかった。ますます分からない。
「ええ、分かんねえ。なんだろ、肌荒れかなあ……」
触っていた辺りにいきなり痛みが走って飛び上がると、背中にミツギが覆い被さっていた。
「な、なに、やってんの……?」
腕が腹に回されてぎゅうと力が込められる。そしてまた痛みが首を襲う。
「いってえ! だからなにして……」
硬い感触が首筋に当たっていて、これはおそらく歯だった。ミツギに噛みつかれている。
「なんで、噛みついてんの……?」
今度は強く肌を吸われた。同じところを何度も。
「……他にも誰か関係持ってるヤツいんのか」
ボソッと不機嫌そうにミツギが耳元で呟く。
「へ? は、え? いねえけど……」
「じゃあ、これなんだよ」
苛立たしそうにまた噛みつかれる。
「痛てっ! だから〜、キスマークじゃねえって! なに、怒ってんの?」
腹に回されていた手が着ていたスウェットの中に入ってきて、心臓が跳ねる。
(なんで、突然、ヤル気になってんの?!)
咄嗟に火を止める。まるでアヅマの肌に吸い付くような滑らかな肌が腹を撫でて、右胸にたどり着いてやわやわと揉みしだかれる。揉まれる胸なんてないはずなのに、変な気分になってくる。指が尖り始めた頂きを押し潰して、思わず声が出た。じっと観察されているのが分かるから、恥ずかしい。くにくにと柔らかく乳首を捏ねくりまわされて、左胸も揉まれて、下半身が重たくなってくる。自分の息が荒くなり始めて、嫌だった。恥ずかしいのに、ミツギに触られているのが気持ち良くて、身動きが取れない。
「やっ、あっ、うううっ」
乳首なんて久しぶりに触られたのに、そんなところ、気持ちいいはずがないのに。いつもいつもアヅマの孔にしか興味がなくて、好きに突っ込んで好きに出すくせに、最近前戯が丁寧になったり、してるときも身体を優しく触ってきたりして、ずっと変だと思っていた。だけれど、今日はもっと変だ。突然不機嫌になって噛みついてきて、ヤル気になっている。抵抗できない自分が嫌だった。けれど、ミツギに触られるのが久しぶりだから、どうしても抵抗できない。身体が勝手に力を抜いて受け入れてしまう。ミツギに弄りまわされた乳首が充血して赤く色付いて、ピンと立っているのが目に入ってクラクラした。
「すげえ濡れてる」
ズボンの上から前を揉まれて、崩れ落ちそうになってシンクにしがみつく。揉まれて扱かれているアヅマのそこからは嫌になるほど濡れた音が漏れ聞こえてきて、耳を塞ぎたかった。耳元で笑気がして、震える。ただミツギに触られてるだけなのに、気持ちが良すぎて怖い。袋も竿も先端も丹念に扱かれて擦られて、達してしまいそうだ。とうとう手が入ってきて、直接触られる。
「んうううっ、はっ、あっ……」
数度扱かれただけで達してしまった。身体が重くて、座り込む。ミツギの手が後ろの間に触れて、その動きがピタリと止まった。
「ああ?」
「え?」
いきなり指がズブズブと差し込まれる。またもう一本乱暴に突き入れられた。
「……やっぱり、他にも相手いるだろ」
「だから、いねえって……、っ」
「じゃあ、なんでこんなに柔らかいんだよ」
言っていることが最初よく分からなくて、しばらく考えて思いつくことがひとつ。
(あ……、ディルドで弄ったからだ……!)
ナカが柔らかい理由なんてそれしか思い浮かばない。ディルド使って自慰しましたなんて言えなくて、黙り込む。背後で大きい舌打ちが聞こえて、のしかかられたと思ったら、怒張を強引に入れられた。息ができなくて、苦しくなった。懸命に呼吸している間も、強く腰を打ち付けられて、久しぶりなのに全然痛みなどなくて、むしろ気持ちがいい。ディルドなんかよりすごくよくて、おかしくなりそうだった。手の甲を押し付けて必死で声を抑える。
「っ、ふっ、んぅっ、ふぅ、ふぅっ、ふっ」
「クソッ……」
ミツギが何に苛々しているのか分からない。いきなり機嫌が悪くなって、他に関係を持っている相手などいないのに疑ってきて、こうして乱暴に攻め立てられている。床に這いつくばっているから、肘も膝も痛い。するならせめてベッドがいい。
「み、つぎっ……、な、ベッドが、……いいっ……」
「うるせえ」
容赦なく攻め立てられて、勝手に涙が出てくる。ナカをずりずり擦られて、直腸がうねっているのが分かる。
「あっ、んっ、ふぅ、ん、んっ」

 抱かれているのに、そうじゃないみたいだった。本当に孔だけ使われているような、本当にアヅマのことはどうでもいいと思っているような、そんな気がした。今までもそうだと思っていたけれど、全然違う。ずっと人の温もりがあった。身体だけの繋がりだけれど、それでもちゃんと人間同士の関係だった。でも今は道具みたいにされている。孔しか必要とされてなくて、アヅマのことは何も聞いてくれない。それがなぜかつらくて、悲しくて、悔しかった。
「ううううう〜! 放せ、この金髪クソハゲ! バカバカバカ! ミツギのバカ! ううううっ!」
「?!」
大泣きしながら身を捩って罵倒する。ミツギは驚いて身体を起こしたようなので、振り返って睨みつけた。
「なんで、人の話聞かねえんだ、この金髪ロン毛バカ! これはキスマークじゃねえし、他のヤツと関係なんて持ってねえよ! 何怒ってんだよ、バカァー!!」
「お、おい、そんなに泣くこたねえだろ……」
「お前こそ、そんなに怒ることねえだろ、このクソハゲ!」
小学生みたいな語彙で罵倒し続けるアヅマに、ミツギは気を削がれたのか、離れていく。その瞬間、壁際まで這っていって、身体を守りつつ、キッとミツギを睨む。グズグス泣いているアヅマに、ミツギは罰が悪そうに目を逸らした。
「マジでこれはキスマークじゃないです! 他に相手なんかいねえんだから、キスマークなんて……、あ」
「あ? あってなんだ、あって」
 一昨日のバイトの飲み会のことを思い出した。同僚の送別会に珍しくアヅマも参加したのだけれど、その送別会の参加者にとんでもないキス魔がいて、酔っ払って手当たり次第に色んな人にキスしていたのだが、そういえば首の辺りにとんでもない力で吸いつかれたような覚えがある。
(まさか、アレ……?)
言われてみれば指摘された辺りに、されたような。
「おい、やっぱりなんか覚えがあんのか」
「……もしかして、この前の飲み会のときのかなって」
眉間に皺を寄せたミツギが、すごい顔で睨んできた。
「で? 飲み会のあと、ソイツと寝たのかよ」
「ちげえし。その人、すごいキス魔で酔っ払って手当たり次第にキスしまくってて、俺もその人にキスされたんだよ。口を避けたら、多分この辺りに」
「はあ?」
微妙な顔でミツギが見つめるので、アヅマは拗ねて顔を背ける。
「わ、忘れてたからアレだけど、話聞かねえお前が悪いんだからな!」
「じゃあ、なんでナカが解したみたいに柔らけえんだよ。誰かとヤッたんじゃねえのか」
その話題は避けたかったのだが、やはりダメか。頬が熱くなっていくのを自覚した。ミツギはそれを見てまた不機嫌になる。
「誰かに抱かせたのかよ」
「ち、ちがう……。これは、その……。あー、あの、うーん、はあ……」
「もういい。帰る」
身支度を整えて出ていこうとするミツギをなぜか引き止めなければと思ったら、言いたくなかったのに言ってしまった。
「じ、自分でしたんだよ!」
「え」
「だから、自分で弄ったの! 言わせんなボケ!」
恥ずかしくて顔が熱くなって、見られたくないから蹲った。
「全然連絡してこねえし、変な夢見ちまうし、ムラムラしてしちまったんだよ、バカ!」
「変な夢って?」
「……言いたくない」
頭頂部に何かが触れて、おそらくミツギの指だった。背筋を電流が走ったみたいに、ビクッと身体が動く。頭を少し触られただけなのに、背中がザワザワする。
「なに?」
「……、……ミツギに抱かれる夢………」
「……へえ」
少し顔を上げると、ミツギに見下ろされていた。眉を意地悪そうにつり上げて、それは楽しそうに。夢で見たミツギとそのまま同じ顔で、思い出してまた顔が赤くなる。
 突然腕を引っ張られて、ベッドまで連れて行かれる。二人して座ると、ミツギが楽しそうに質問を始めた。
「夢ではどんなふうにされたんだ」
「ど、どんなって、別に、普通に……」
「でも自分でしなきゃ治んねえくらいにはすごかったんじゃねえの」
(……それは確かにそうだけど)
自分の目が泳いでるのは分かっていたけれど、動揺を隠せない。
「それって、本当はお前がされてえことなんじゃねえのか」
「へ?! あ、アレを……?」
優しく身体を愛撫され、ドロドロに溶けるくらいミツギと抱き合いたいのだろうか。そんな、まさか、恋人じゃあるまいし。あんなのは恋人同士でする行為であって、自分たちとは違うだろう。
(……でも、あんなのしちまったら……)
思い出しただけでゾクゾクする。別に今の関係とか、行為に不満などないが、あんなふうに甘い行為をしてしまったら、何かが変わってしまいそうで。思考に耽っていたら、耳に柔らかな感触がして、身体が反応する。節張っているけれど、奇麗で長い指がアヅマの耳を優しく触っていた。
「ちょ、やだ……」
「本当、耳弱いな、エロガキ」
「じゃ、触んなきゃ、いいだろ……っ、っ」
ミツギの細面が近付いてきて囁く。
「言えよ。どうされたんだ、俺に」
「やだ、言いたくない……、あっ」
耳を食まれて、思わず声が出てしまう。そのまま熱い舌を押し付けられて、鼓膜を侵される。
「ひ、うぁ、うう、んっ、ああっ……」
いつの間にか抱き締められて身動きが取れなくなっていた。耳を優しく愛撫されつづけて、おかしくなりそうだった。耳輪を舌でなぞられて、耳朶をちゅうと吸われる。ミツギの腕の中で悶えることしか出来なくて、観念するしかなかった。
「言う、言うから、やめて……」
ミツギの唇がわずかに離れた。呼気がすぐそばにあって、どうにかなりそうで怖かった。
「こ、……恋人みたいに、その、すごい丁寧に前戯されて、トロトロになる、くらい。それで、なんか激しかった……。も、言ったんだから、放して……」
無言で見つめられているのが分かって、身を捩ったけれど放してくれない。
「そういうふうにされたかったのか」
「べ、別に、そういうんじゃ、ねえけど、多分……。てか、そんな近くでガン見すんな……」
ミツギに見つめられるとどうしていいか分からなくなる。あの眩い星を宿した瞳に見られていると思うと、身体が震える。
「こっち見ろ」
「やだ……」
「なんで」
何故だろう? 自分でもよく分からない。とにかく恥ずかしいという気持ちが強い。ミツギと身体の関係を持ってから、もっと恥ずかしいところを見られてるはずなのに、今が一番恥ずかしかった。羞恥心が今更になって襲ってくるなんて思わなくて、自分でもどうしたらいいのか分からないでいた。
(ただのセフレのくせに、そんな夢見てたなんて、キモかったかな……)
そう思ったら突然不安になった。ーーもう会わないって言われたらどうしよう。自分でも気付かないうちに動揺していた。
「アヅマ」
名前を呼ばれたので、渋々横目でチラリと見る。
(……あ)
ふに、と唇に柔らかい感触がして、それはミツギの唇だった。
「ん……」
「んう」
(なんで、キス? なんで?)
キスは島にいたころに、幾度かしたことがあるけれど、本土に戻って以降、この二年ほどはしてこなかった行為だ。離そうとしてもミツギが追いかけてきて、ちゅうちゅう吸われている。そのうち首裏を固定されて、されるがままになってしまった。あまり性的なものを感じない、重ね合わせるだけの口付けなのに、気持ちいい。ミツギの肌に触れているだけなのに、泣けるほど気持ちがいい。次第にアヅマもうっとりしてきて、ミツギに応えるように相手の唇を食む。もっといやらしいものをしようと思えばできるのに、重ねるだけのキスがこんなに心地いいとは思いもしなかった。ミツギの優しい体温が感じられるのが嬉しい。
 キスに夢中になっていたら、いつの間にか二人でベッドに倒れ込んでいた。自然と互いの身体を弄り合って、服を脱がせ合う。ミツギのジャケットを脱がせて、ネクタイを外し、ボタンを開ける。こんな行為が胸を高鳴らせるなんて。スラックスの前の部分は目に見えて膨らんでいて、ミツギの興奮を教えてくれる。ベルトを外してチャックを下ろして、脱がせる。大きく膨らんだミツギのモノが下着越しに形が浮いていて、下腹部がキュンとする。今度はミツギがアヅマを脱がせる。足に引っかかったままのズボンも下着も取り払われて、上も脱がされた。またキスされて、今度は深いもの。唇を割り開かれて、舌が入ってくる。ぬるぬるした舌が、アヅマのそれに絡まって、くちゅくちゅと音を立てた。
 身体を手のひらで撫でられて、それだけのことなのに、身体がびくびく跳ねる。胸や腹や腕や足、愛撫ともいえないくらい軽い触り方なのに、反応してしまう。ただでさえそんな状態なのに、ミツギは頭のてっぺんから足先まで、それは丹念に愛撫した。本当の恋人にするように、アヅマの身体を優しく開いていった。むず痒いと気持ちいいの間で、アヅマは必死に呼吸するしか出来なかった。
「なあ、夢の俺はどんなふうにお前を抱いた?」
「え、わかんない……。だって訳わかんなくなっちゃったから、どんなだったかなんて、分かんねえ」
「へえ」
何気なくミツギが髪の毛を掻き上げた。その仕草にドキッとした。
(なんでこんなことにドキドキすんの……。今の状況が今までにないことだから?)
首筋を舐められる。生娘みたいな声が出てしまって、笑われた。顎も首も舐められて、キスされて、ミツギに触られるだけで、どこもかしこも敏感になってしまって困る。身体中そんなことされたら気が狂ってしまう。
「や、舐めないで……」
「嫌そうには見えねえけど」
「気持ち良すぎてやだ」
ここのところの行為も優しくされていたと思っていたけれど、それ以上なんて耐えられない。しかも一ヶ月ぶりにミツギに触られるのだから、余計におかしくなってしまいそうで。
「こ、こいびとにはこんなに優しいの……」
「さあ」
(さあってなに?! だって今までと全然違うだろ! こんなふうに触られたことないし、表情だって全然……)
一番違うのは、きっと彼の表情だった。確かに触れ方も違う。けれど、顕著なのはその浮かべている表情。こんなに優しい眼差しで見られたことなんてない。いつもつまらなさそうに、仏頂面で無愛想で、仕方ないから会っているとでも言いたげな顔をしていたのに。ほんとうに好きな人に向けるような、穏やかな顔をしているのはどうして。そんな顔のミツギに会ったことなんてないから、困惑してしまうし、妙にドキドキしてしまうからやめてほしい。甘やかすように触られるのが嫌で、ミツギに背を向けた。
「なにそれ」
「なに」
「背中」
――あ。自分が背負っているものの存在をすっかり忘れていた。慌てて布団を被って隠そうとしたけれど、遅かった。ミツギがそこに触る。今まで以上に慎重に、まるで壊れ物に触るみたいに優しい手つきで。
「痛くねえの」
「痛くねえよ」
「上、脱ぎたがらなかったの、これのせいか」
図星だった。背中を見られたくなかったから、どんなときも上半身は見せなかった。地図でもなぞるみたいに、盛り上がった痕のふちをたどられて、身体から力が抜ける。
「や……」
「さっきから嫌しか言わねえな。イヤイヤ期の子供じゃねえんだから」
「だって」
また涙が出てきて、鼻をグズグズ言わせながら、必死に訴える。
「ほんとに今日のお前、変だもん。いっつも電話なんてしてこないのに、電話するし。突然怒るし。かと思ったら、今度はやたら優しく触ってくるし。今までこんなことなかったじゃん」
「……」
背後の彼が無言になったので、不安になる。変なのは、アヅマもだった。ミツギが何しようと、どう思おうと気にならなかったはずなのに。すぐ後ろでベッドに重みを感じて、なんだろうと思ったら、背中に人の温もりを感じた。ミツギの肌が自分に触れている。そのまま抱えるように抱き寄せられた。
「悪かった」
「え……」
「マジでここんとこ忙しくて連絡出来なくて、やっと会えるって思ったら電話してた。久しぶりに会えたと思ったら、キスマークなんて平気な顔してつけてるから、……ムカついた」
拗ねてるみたいな声で、アヅマのつむじ辺りでぼそぼそ言っている。
(会える、ってなに。そんな、会いたいって思ってたのかよ。……ただのセフレなのに?)
「会えるって、なに? そんなに、溜まってたの」
「そ、……そうじゃ、ねえ。ちげえ」
「じゃあ、なんなの」
抱き寄せる力が強くなる。ミツギは言葉を選んでいるのか、躊躇うような息を吐いた。
「楽しみに、してんだよ、お前に会うの……」
「へ」
頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになる。
「ムカついたのは……、それは、そりゃあ腹立つだろ。自分だけのもんだと思ってたのに、他のヤツにも抱かれてんだと思ったら」
この金髪野郎はなにをいっているんだろう。
「お、お前、マジでなに言ってんの? 疲れすぎて変になっちゃった?」
「変じゃねえ。……てめえが、好きだから」
一気にパニックになる。混乱と困惑と、なぜか喜びで。壁際に転がると布団を思い切り被った。繭の外から、困惑したミツギの声がする。
「お、おい、アヅマ……」
「しゃべんな、バカ! い、今更そんなこと、言われても、困る……」
「困る、のか」
少しだけ悲し気な声色に腹が立つ。
「今ごろそんなこと言うの、おせえんだよ。ミツギは別に、そういうんじゃねえんだって、思ってたから」
「そういうってどういう意味」
「俺のことは相性がいいからするだけで、そこに感情なんてねえんだと思ってた。あるのは性欲だけだって」
暗闇に光が差す。眉を下げたミツギが、繭を開いた。アヅマは顔を背けた。
「元々性格も合わなかったろ。だから、好きになってもらおうなんて思ってなかった」
「言ってたら違ったかもしれねえじゃん」
「……違う、のか」
ミツギがアヅマの手を触った。ぎゅっとそれを握る。
「俺の身体にしか興味ないんだって思ってたから、そういうもんなんだって」
「悪かった」
「おせえよ、このバカミツギ」
ミツギを見たアヅマの顔は林檎みたいに真っ赤だった。
「なんだ……、その、てめえも、俺のこと、す、好きなのか」
「分かんない。……でも好きって言われてちょっと嬉しかった」
「ちょっとかよ」
「仕方ねえだろ、そんなこと言われると思ってなかったから、ビックリしてまだ混乱してる……」
ミツギが布団に潜り込んできて、若干の抵抗をしたが、すぐに諦めた。こんな近距離で互いの顔を見るのは、初めてかもしれない。抱き合っているときでさえ、距離があったから。ミツギの目が奇麗すぎて、自分の目が潰れてしまうんじゃないかと錯覚する。繋いだ手をミツギも握り返してくれて、嬉しくなる。
「アヅマ」
「なに……」
「好きだ」
こんなに真正面から好きなんて言われると、怖い。こんなふうに人からまっすぐに好意を向けられたことなんてなかった。胸が高鳴るのを抑えられなくて、ミツギにも聞こえてしまうんじゃないかとさえ思えた。
「なあ、お前は、どうなんだよ」
「わ、分かんないって、言ったろ……」
唇に唇を押し付けられる。
「そんな顔しといて分かんねえのか」
「そんな顔ってなんだよ」
思わず空いてる手で顔を隠そうとしたのに、そちらも掴まれてしまった。
「すげえ俺のこと好きって顔してる……。顔を真っ赤にして、目が潤んでて、エロい顔。好きでもねえ相手にそんな顔すんのか」
きっとそんな顔、誰の前でもしたことなんてない。本当にミツギの前でだけ。けれど素直に認めるのはなんだか悔しくて、憎まれ口を叩く。
「分かんねえじゃん。ミツギ以外にも、するかもしんねえじゃん……」
「本当に?」
追い詰められているのを自覚している。きっとこのままだとミツギに墜ちる。ミツギの腕の中に収まってしまう。抵抗したいのに出来ていない。心の中では、ミツギのものになってしまいたいと思っている自分がいる。このままミツギのものになって、彼だけを感じていたいと思っている。
「素直じゃねえガキ」
そんな目で見ないで。そんな、愛しいものを見るような、優しい目をしないで。意地悪な顔をしていたのに、いつの間にかそんな顔をしていて、まともに見られない。ぎゅうと抱き締められて、ミツギの香りを嗅いだ途端に全身が震えた。ずっとこの香りが、この温もりが欲しかったと、気付いてしまった。抱き締められているだけで気持ちがいい。いつの間にか、ミツギという人間に酔っていた。頭がぼんやりする。
「すげえ心臓バクバクしてる。面白え」
目の前にある白い首筋に鼻を埋めた。いい匂いがする。優しくて安心する爽やかな匂い。涙がジワリと滲む。
「おれのこと、すきなの」
「言ったろ」
「……そう、なんだ」
ミツギの背中に腕をまわした。肌が一分の隙もなくピタリと合わさって、多幸感でいっぱいになる。そばにいるだけで、抱き締められているだけで、こんなに幸せな気分になったのは人生で初めてだった。――今まで、こんなふうにそばにいて安心できる存在なんていなかったから。
「ミツギ」
「あんだ」
「もうちっとだけ、このままでいて……。すごい、安心する」
触れている肌が心地良くて、匂いに安心して、だんだん眠くなってきた。いつの間にか、アヅマの意識は温かな潮騒の中へと落ちていった。

 気持ちいい、幸せな温もりに包まれながら目を覚ました。春の日差しの中で、昼寝でもしていたみたいに、気分のいい目覚めだった。目の前に寝ているミツギの顔があって、驚いたけれど、どこかで納得している自分もいた。こんなに気分よく目を覚ませたのは、きっと彼のおかげだと思う。それくらい彼の腕の中は心地いい。どうして、こんなに安心できるんだろう。理由は分からなくてもいい。こうしていると、心の底から安堵できるのだと分かればそれでいい。ずっと探していたもの、欲しかったもの。そんなものを見つけられたようで、嬉しくなる。ミツギの寝顔を眺めた。
(睫毛、長え)
伏せられた睫毛の影が愛しい。胸が切なくなる。ずっとこうしていたいけれど、さすがに離れないでいるのは無理だから、今はまだこの温もりに触れていたい。
(……今度はいつ会えるんだろ)
ミツギの仕事が忙しければ、またしばらく会えなくなる。今までのような、ミツギからの連絡を待つだけの日々には戻れないだろう。けれど、彼に迷惑をかけたいわけではない。だから我慢する。せめて、会えない間の寂しさを埋められるように、もう少しだけ。
「ん……」
見るとミツギの瞼がゆっくりと開いた。
(ほんと、きれー)
ミツギの瞳はなんでこんなにキラキラしているんだろう。その瞳が自分を見ていると思うと、不思議と高揚する。
「おはよ、俺、いつの間にか寝ちまったみたいで、全然記憶にねえわ」
「……はよ。今、何時?」
「あ、えっと」
時計を見ると六時を過ぎたところだった。
「仕事?」
「いや、今日は休みもらった。ずっと仕事詰めだったから。……お前は?」
「俺? 夕方から」
ミツギは何かを考えるように一瞬目を伏せた。
「んっ、んむ」
ミツギがキスをしてきた。すぐに気持ち良くなって、身を任せた。何度も優しく食まれて、蕩けた唇に舌を入れられて、舌も唾液も絡ませて交換する。ミツギに舌を吸われると頭がぼうっとしてしまう。次第に激しくなって、ガブガブ唇を食べられて、草食動物の気分になる。こんなに熱心にキスをするタイプだと思っていなかったので、すごく意外だけれど嬉しくて、うっとりする。いつの間にか、ミツギがアヅマの上に覆い被さってきて、首に腕をまわした。キスだけでこんなにイイなんて信じられない。このまましていたら、いつかは達してしまいそう。それくらいには下腹部に疼きを感じていた。
「は……、ふっ、ん……」
「昨日の続き、していいか」
そうだ、昨夜は途中で止まっていたんだった。
「うん」
改めて同意を求められると恥ずかしいけれど、了承する。ミツギが布団の中に潜って行く。
(え、なに?)
腹に濡れた感触がして驚いた。臍にも何かが触って、腰がビリビリ疼く。
(な、舐めてる…………?!)
気付いてしまうともう耐えられなかった。
「んっ、ふっ、は……」
必死に声を抑える。ふぅふぅと自分の荒い息が部屋中に満ちているようで、羞恥で顔が熱い。
「んうう、あぅ、ふっ、ミツギ……っ」
ミツギの唇がアヅマのモノを咥えた。温かくてしっとりして濡れていて、口に含まれただけでかなり気持ちいいのに、舌を絡めて口で扱き始めた。
「あっ、や、あっ、んっ」
抑えきれない声が出てしまう。堪えられない。じゅぶじゅぶと音を立てながら、頭を上下させているのが布団の上からも分かって、射精欲が高まっていく。
「でっ、出る、出るから、離して……」
ミツギは離してくれなくて、そのまま口の中に出してしまった。
「ふううううっ、うっ、は、……」
肩で息をしていたらミツギが顔を出して、アヅマの腹の上に口に含んでいたそれを吐き出す。ミツギの口から零れ落ちていくのは、アヅマが出した精液だった。形のいい唇から自分の精液が溢れていく様は、あまりにも倒錯的で眩暈がする。ミツギは全部吐き出すとアヅマのそれを指に塗り始めた。
「なに、すんの……」
「これでお前んナカ、解すんだよ」
「あ、そう……」
彼は少し移動してアヅマと目線が合うようにしてから、アヅマの後ろに指を這わせた。見つめられながらされるのは、かなり恥ずかしいのだけれど、抵抗する気力もなかった。
「んっ……」
ゆっくりとナカに入ってくる。自分の出した体液で粘ついた指だと思うと複雑だが、それでもミツギの指だと思うと堪らなくて、ナカが悦んでしまう。思わずミツギに縋り付く。
「あ、んっ、ミツギ、手、ぎゅってしてて」
手を握られた。指を絡めて離れて行かないように。それにアヅマは安堵する。
「ふううっ、あ、ん……」
ナカを拡げるように掻き回されて、少し膨らんだ前立腺を指で優しく擦られて、アヅマはとてもじゃないが堪えられないと思った。いつもミツギは性急で雑にアヅマを抱いた。それなのに、思いが通じ合ったらこんなに丁寧にされるなんて、こんなに優しく抱かれたらおかしくなってしまう。
「ふううぅっ」
思わず泣いてしまうアヅマをミツギが慰めるように、キスをする。
「泣くな」
溢れる雫を舐め取られる。顔中にキスされて、いつの間にかナカに入っている指は増えて、気持ちが良すぎる。ゆっくりとナカを解かれて、とろとろの性器になった。ミツギを受け入れるためだけの。ミツギがアヅマの上に覆い被さってくる。彼に足を大きく広げさせられて、受け入れる体勢にさせられて、いつもこんなことをしていたんだと改めて認識して恥ずかしくて、ミツギの顔を見ていられなかった。
「アヅマ」
そんな穏やかな声で呼ばないで。好かれている実感がしてしまうから、自覚してしまうから、そんな愛おしそうに見たりなんてしないで。高揚感と多幸感で、頭も身体もミツギでいっぱいになって、欲しくて堪らなくなる。
「……、ミツギって、好きな相手にはこんなに、やさしいの……?」
「……今まで雑にしたから、それは悪かった」
「違くて……。ミツギも好きな子にはいつも優しくセックスするのかなって、ちょっと思った、だけ……」
ミツギの唇が額に降ってきて、不思議に思って見上げる。
「前、言ったろ。俺はそんなに性欲がある方じゃねえ。だから、セックス自体もそんなに頻繁にしねえから、こんなに丁寧にしようと思ったのは、お前が初めてだよ」
「そ、なの……?」
「恋人同士なら優しくしても、いいんだろ」
アヅマはきょとんとして、ミツギを見つめた。
「誰と誰が恋人なの」
「俺とお前。ちげえの。お前も俺のこと好きなんだと思ったけど」
「そうなの?」
好きとかよく分からない。人に好意を持って、いいことなんてなかったから、報われたことなんてないから、よく分からない。誰かに好きって言われて交際しても長続きしなかったのは、こういうところにあるとは思うけれど、自分でさえ誰を好きなのか分からないのに、ミツギにはどうして分かるんだろう。
「お前自覚ねえの。すっげえ穏やかな顔してる。今まで見たことないくらい、落ち着いた顔してるんだよ。まあ、すげえエロいけど」
「そう……?」
「俺と一緒にいて、どう感じてる?」
一緒にいてどう感じるか。ミツギに抱き締められて感じた温もりを思い浮かべた。
「あったけえって思った。すごい気持ち良くて、安心する。布団に包まって寝てるみてえ」
それを聞いたミツギはフッと面白そうに笑う。
「布団に喩えられたの初めてだよ。……けど、悪くねえ」
ミツギの唇が落ちてきて、アヅマは目を瞑った。
 ぎゅっと抱き締められて、腰を押し進められた。ナカに、ミツギが入ってくる。入ってきただけなのに、なんだかイッてしまいそうな自分がいるのを、他人事みたいに思っていた。頭の下に入れてもらった枕にしがみついたら、
「こっち」
と言われて、ミツギにしがみつくようにさせられて、身体があつらえたみたいにピタリと重なる。腰をゆっくりと動かされて、ナカを優しく擦られる。浅いところをじっくりと刺激されて、孔が勝手にきゅんきゅんするのを感じた。
(ミツギがもっと欲しい!)
もっと乱暴にしてもいい、もっと激しくしてもいい、ミツギでいっぱいになりたい。いつもみたいに性欲を発散するためだけの行為でもいいのに、こんなに愛されているみたいな、本当に愛し合っているがゆえにするような、愛の営みみたいで戸惑う。こんな愛し合う行為なんて、知らない。ミツギが腰を動かしている間にも、キスしたり、髪を撫でたり、愛撫してくるから戸惑いは大きくなる。
(ほんとに、おれのこと、すき、なんだ……)
自分の欲望を満たすより、アヅマを慈しみ愛することを優先している行為だということを、だんだん理解し始めて、背骨の神経に電流が走ったみたいにビリビリして、感度が上がったのを自覚した。
「ふうううっ、あっ、んっ、ああっ……!」
「どうした」
アヅマが突然あられもなく喘ぎ始めたので、驚いてミツギは止まる。
「な、なんか、変、ミツギにほんとに好かれてるんだって、思ったら、身体がへんっ、あっ、んんっ」
「やっと実感したのか」
仕方ねえヤツ、とミツギが笑って呟く。その顔を見て身体全部に衝撃が走った。
「アヅマ、お前、イッたのか……?」
「へ?」
「急にナカが締まって痙攣したけど」
自分で自分のモノに触ったが、別に精液は出ていない。
「な、なんも出てないよ……」
「ドライでイッたんじゃねえの?」
――ドライでイク? 意味が分からなくてキョトンとしていると、ミツギがまた笑う。
「精液出さないでイクってこと」
「そんなことある?」
「実際今起きただろうが」
――男なのに、射精しないでイクなんてあるんだ。人体の神秘だなあなんて、他人事みたいに思っていたら、抽送が再開されてそれどころではなくなった。ミツギの言うようにドライで達したせいなのかはよく分からないが、ナカが先ほどとは比べものにならないくらいに過敏になっている。ミツギのモノの輪郭を先ほどより感じられるし、ナカを擦られると恐ろしいくらいに身体中がビリビリする。
「あっ、なんかっ、ナカが、ナカが、へんっ! すごいっ、あっ、やあっ」
「ああ、一回イッたから敏感になってんのか。大丈夫、激しくしないから」
そう言ってミツギはナカを擦るのをやめてくれない。腰を動かすのをやめてほしいのに、堪らなくてやめてほしくない。この嵐みたいな快楽に取り残されないようにミツギに必死にしがみついた。まだ浅いところを優しく抜き差しされているだけなのに、奥を深く突かれたらどうなってしまうのだろう。不安と期待で身体が熱くなる。
「みつぎ、みつぎはきもちいいの?」
「じゃなかったらしてねえ」
「そっかあ」
すぐそばにあるミツギの顔に頬を擦りつける。
「少し強くしていいか」
「うん」
グッと強く腰を押し込まれた。奥に入り込んでくる。
「あっ、み、つぎ……っ、あっ……」
「ふっ、く……」
奥をリズミカルにノックされて、気持ちがいい。前にミツギに奥を開けろって言われて無理だと思っていた。けれど、ナカが勝手に開いていくのを感じた。こんなところが開くはずなんてないのに、ナカが動いてミツギを迎え入れようとしているのだろうか。自分の身体がどんどん変わっていく、ミツギによって変えられていく。怖いのに、嬉しく思ってしまっている。ミツギの背中にしがみつく。口から勝手に感情が出てしまう。
「あ……、み、みつぎ……、ミツギ、すき……、好き……」
「……アヅマ」
ミツギがアヅマを見た。
「な、なんで大きくなったん」
「そりゃそうなるだろ……」
ミツギに唇に吸い付かれた。アヅマもそれに応える。
「ん、んう、んむ……、ふ……」
「ふ、んぅ……」
気持ちいい。ミツギに触れている場所のすべてが気持ちいい。こんな幸せな気持ちになれる日が来るなんて、思わなかった。幸せって、こんなところにあったのか。嬉しくて、幸せで、涙が零れた。

おまけ
☆モブ視点

 俺の住んでいるアパートの隣の部屋には、結構な爽やかイケメンが住んでいる。初めて会ったときはあまりのイケメンぶりにイラッとしたが、挨拶したりなんかしてみると、愛想のいい、嫌味のないなかなかの好青年なのが分かる。イケメンなのに、女の子を連れ込んでる様子もなくて、結構真面目なタイプなのかなと思っていた。
 そのイケメンについて、最近気付いたことがある。そう、ついに恋人が出来たっぽいということである。夜中にたまに物音がして、出歯亀的好奇心で耳を澄ませると、いわゆるギシアンが聞こえてくることがある。何かが軋む音――おそらくベッド――、潜めた話し声、時折漏れ聞こえる喘ぎ声。喘ぎ声なんて、すごいえっちでかわいい。たまに大きくなってしまって、すごいいやらしい声が聞こえるときもある。そうすると、俺も健全な若者。下半身がムクムクと元気になってしまって、隣の部屋のイケメンとその彼女のエッチを妄想しながら、オナるという虚しい行為に耽ることになる。でも聞こえてくる喘ぎ声があんまりえっちでかわいいので、下手なAVを見るより正直捗る。そして今夜も隣のイケメンは彼女と行為に耽っているようで、しかもなんだかいつもより激しくて、ベッドの軋む音も彼女の喘ぎ声も結構大きい。
「あっ、んっ、やだ、んんんっ、そこばっかりっ、んんうっ」
あー、弱いところを激しく攻められてるんだあ〜! 気持ち良くて、思わず抵抗しちゃうんだ、かわいい〜!
「はああんっ、ダメって、あっ、ああんっ、ふぅっ、あっ」
いつも以上にエロくて右手が止まらない。あのイケメン、あんな爽やかな顔をして、結構ねちっこいのかな。意外とドS?
「やっ、ちくび、だめ、そんなにっ、しちゃ、あっ」
おっ、乳首攻め? ガンガン突かれながら乳首もいじめられて、悶えちゃってるのか、えろい。
「ん、んう、はあ、うん、もっと、もっとキスして、んう、んむっ、ふう、んん」
チュウおねだりとか、彼女可愛すぎないか?? どこでそんな可愛くてエロい子見つけられるの? 俺に出会いがないだけ? クソ、イケメンめー!! くっ、悔しい!
「うん、うん、きもちいーよ。うん、……は? きもちい? そっか、……もきもちいいとうれしい」
なっ、なんて健気なの?! 彼氏が気持ちいいと嬉しいなんて、そんな女の子ってリアルに存在するんだね……。うらやまけしからん!! 
「あっ、ふうっ、んうううっ、あっ、あん、あっ、あっ、もっ、だめっ、ああっ、も、もうっ」
どうやらクライマックスらしく、喘ぎも軋む音もすごい。
「あっ、あっ、あっ、もっ、だめっ、イクッ、イクッ、〜っ!」
あんなにベッド軋んで壊れないのかな。そんな疑問が浮かぶが、彼女ちゃんの喘ぎ声がクソエロくてそんなことはすぐどうでもよくなった。
「ああああっ、あっ、んっ、んっ、っ、……ん、んぅ…………」
一際高い声がして、彼女ちゃんはイッたようだ。イッたあとの声もエロい。その声に煽られて、俺もクライマックスだった。その後、二人は寝たようでなんの物音もしなくなった。俺は完全に賢者タイムになり、なんで人がセックスしてる物音を聴きながら妄想オナニーしてるんだろうって、独り身の自分が嫌になった。

 朝、目が覚めたら五時半で、一限から授業があるからといって、いくらなんでも早すぎる。損した気分になって二度寝を決め込もうとして、隣の部屋から物音が聞こえてハッとする。もしかして、こんな早くに彼氏の家から帰るのか、あのイケメンの彼女ちゃんは。そして、エロカワな彼女ちゃんの姿を拝むチャンスなのではないかと気付いた瞬間、玄関のポストの隙間から隣の様子を窺っていた。隣の部屋から出てきたのは細身で目元が涼やかな、奇麗な金髪ロングヘアーの、――男だった。
「えっ、男?!」
思わず口から出てしまい、慌てて口を塞ぐ。その金髪で仕立ての良さそうだが色が派手なスーツの男がこちらに気付いた様子はなくて、安堵する。男が出て来てビックリしたけれど、もしかしたら3Pでもしていたのかもしれない。3Pなんて、なんて、けしからん! けれど、そのあとに女の子が出てくる気配はなくて怪訝に思っていたら、どうやら女の子はまだ部屋にいるわけでもなく、ましてや3Pをしていたわけでもないことが分かった。
「アヅマ」
金髪が後ろから出てきたイケメンを呼んだ。そう、あのイケメンは確かアヅマという名前だった。アヅマさんを、あの金髪がおもむろに抱き寄せたと思うと、ちゅっと軽くキスをした。そう、キスをした。見間違いじゃない。
「ばっ、誰かに見られたらどうすんだよ」
「こんな朝早くから出歯亀するようなヤツなんかいねえよ」
出歯亀している俺はドキリとした。イケメンは少し掠れた声でああは言ったけど、そんなに嫌がってるようには思えなかった。そして、俺はあることに気付いてしまった。――掠れてる? え、あ、そんな、え? まっ、まさか、声が掠れてるのって、喘ぎすぎで? そういうこと? あのイケメンが下ってこと?! あの顔で抱かれる方なの?! 確かにキスしたときも、リードしてるぽいのは金髪の方だった。
(俺……、もしかしなくても、あのイケメンが喘いでる声でオナってたの?)
脱力してしまった。すげえ高くて可愛くてエロい声だったからてっきり女の子の声だと思ったのに、まさかあのイケメンが出してたとは……。
「じゃあな」
「うん、仕事頑張って」
イケメンが健気な彼女みたいなことを言って、手を振っている。金髪の後ろ姿を見送って部屋に戻って行った。
(あー、なんか知りたくなかった……)
そう思って俺も室内に引っ込もうと思って気付いた。あの金髪がアパートを振り返っている。てっきり、イケメンのことを思い出してるのかと思ったら、そうではなかった。金髪がすごい目付きで睨んでいる――、俺のことを。確実に今、目が合っている。あの金髪男、俺がいるのに気付いてた。ヒィイっと情けない声が出てしまった。忌々しそうな顔をして、金髪が立ち去るのを怯えながら見ていることしかできなかった。
 その後も、たびたび隣の部屋から、ギシアンが聞こえてきて、男同士でヤッてるんだ、俺にそういう趣味はないと自分に言い聞かせても、あのイケメンの喘ぎがあまりにもエロくて、聞こえるたびにオナらざるを得なくて、そのたびに何かに負けたような気がした。そしてよくよく聞いたら、確かに高いけど、全然女の子とは違う声で話している。
「あっ、ミツギ、きもちい? うん、うん、俺も。きもちいい。あっ、ミツギ、ミツギ……、好き、好き」
あの金髪、ミツギって名前なのか。あのイケメンがこんなに女の子みたいに喘いで、好きって言ってしまうなんて、どんなヤツだよって思うけど、あのすごい顔が怖くて思い出したくもない。
「あっ、んっ、そこ、奥っ、だめ、ん、ミツギ……」
そして今夜もイケメンの喘ぎ声でシコシコオナって、果てるのであった。

 数ヶ月後、イケメンは引っ越して行った。本人曰く友達とルームシェアをするとのこと。どう考えても、あの彼氏と同棲するんだろうとしか思えなかった。結構イケメンが家にいない日もあったし、いる時は日を置かずに頻繁にセックスしている物音がしていたので、相当ラブラブなんだろう。また俺は何かに負けた気がした。俺も彼女が欲しい……。

 
あとがきなど
セフレのミツアヅでした
照れたり拗ねたりするミツギさんが見たい(切実)
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