まほろば

 二週間ぶりに会った恋人が事故に遭っていた。マツダにとっては青天の霹靂だった。事故の前日にも二人は会っていたし、事故に巻き込まれたなんて聞いていない。横断歩道を渡っていたら、信号無視の車にはねられたらしい。歩道の街路樹がクッションになったとか。
「何で言わねえんだよ。大丈夫なのか?」
「うん、平気。全然痛くねえもん」
ギプスをした右腕をヒラヒラと動かした。ギプスは右腕だけでなく、左脚にも填められており、松葉杖をついている。
「お前心配だから、治るまで俺の家に居ろよ」
「ええ〜??」
アヅマは嫌そうに顔を顰めた。そんな顔を見てマツダは威圧するように腕を組んだ。
「分かったな?」
「……はい」
こうしてしばらくマツダの家に厄介になることになったアヅマだった。こんな体になってしまってはバイトも休職せざるを得ないし、暇だなあなんて暢気に考えていた。
「全治何ヶ月なんだ?」
「えーと、三ヶ月くらい?」
「何で、そこで疑問系なんだ」
勿論、ちゃんと聞いていなかったからである。通院も二週間に一度はしないといけないし、面倒だなあと思った。それにギリギリ生活の貧乏アルバイターに貯金の余裕などあるはずもなく、三ヶ月も働けないとなると生活は厳しい。骨折したばかりだが、早くバイト復帰したい、そうぼやくとマツダがあっけらかんと言った。
「事故の賠償金とかはまだ時間かかるんだろ? 仕方ねえから、その間の生活は俺が見てやる」
「……マジ?」
「その代わり、治ったら覚悟しとけよ。足腰立たなくしてやるから。怪我しちまったもんは仕方ねえけど、三ヶ月も恋人がそばに居て、セックス出来ないなんて」
(なんか、エロオヤジみたいなこと言ってやがる)
「え、出来るんじゃね?」
「出来るか、バカ。怖くて無理だわ」
「まあ、マツダ激しいからな」
頭を小突かれた。ジャケットを脱いだマツダがアヅマの横に座り、恐る恐る右腕に触る。
「痛いか?」
「んーん。全然。痛み止め効いてっからかも」
「俺が着いて行ける時は一緒に行くから、ちゃんと病院行くんだぞ」
「分かってますう」
マツダが包帯の巻かれた頭を優しく抱き寄せた。

 マツダが仕事を終えて、家に帰って驚いたことは、アヅマが普通に家事をしていたことだった。手には手袋をはめて、自然に立って、フライパンを洗っている。松葉杖はキッチンに立てかけてあった。
「おい、無理すんなって。俺がやるから!」
「仕事で疲れてんじゃん。俺はめっちゃ暇だし。飯も出来てるよ」
本当に料理したらしく、ダイニングテーブルには食事が並んでいる。
「分かったから、お前は座ってろ!」
「へいへい」
松葉杖をついてソファに向かうアヅマを凝視しながら、座るのを見守る。確認して、ハアと溜息を吐いた。
「お前なあ、無理して治りが遅くなったらどうすんだ。長引いて痛い思いすんのはお前なんだぞ」
「そうカリカリすんなよ。悪かったって」
何でもないように言うアヅマに、マツダの方がハラハラしてしまう。
「なあ、それより、今日の飯は自信作なんだ。食ってみてよ」
ニコニコしているアヅマに勢いを削がれて、ダイニングチェアに座る。
「頂きます」
「召し上がれ」
自分が作ったものを食べるのを見て、アヅマは嬉しそうに笑う。
「美味い?」
「おう、美味いよ」
「だろー?」
「美味いもん作ってくれんのはありがてえけど、本当無理はしないでくれよ」
「分かったって」
分かっているのか分かっていないのか、アヅマは適当な返事をした。マツダはそんなアヅマに一抹の不安を覚えた。風呂に入る時は頭にはビニールキャップ、腕や足にはビニール袋を被せて入る。傷の消毒をしてガーゼを貼り、包帯を巻き直すのはマツダの役目だった。きっちりマメな性格がここでも現れている。アヅマはその様子を他人事のように、見ているのだった。
 今日は二週間に一度の通院の日だった。マツダも病院に着いて行くことにしている。アヅマを後部座席に乗せて、車は病院へと走って行く。土曜日の午前中、平日は仕事で病院に来られない人々で溢れかえっている。一時間ほど待ち、病室に呼ばれる。
「じゃあ行ってくる」
「おう」
アヅマの背中が診察室に吸い込まれるのを見届けて、スマホを取り出した。五分ほどでアヅマが出て来た。
「何だって?」
「これからレントゲン撮るって」
レントゲン室がある方を指差し、マツダが支えてやりながら、ゆっくりと向かう。十五分ほど待って、技師に呼ばれてレントゲン室に入っていく。しばらくすると、アヅマが戻り、また診察室の前で待つ。
「あんまり病院通いしたことねえからあれだけど、土曜ってこんなに混むんだな」
「そうだな。俺もあんまり病院来ねえから、分かんねえけど」
そんなことを言っているうちにまた診察室に呼ばれて、アヅマが入る。マツダは骨折したら普通はどれくらいで治るのかスマホで調べたのだが、アヅマが言っていた通り、三ヶ月ほどかかるらしい。そんなことを考えているとアヅマが戻って来た。
「何だって?」
「まだ全然治ってないってさ」
「だろうな。だって折れたばっかりだもんな」
「会計して、薬局行って終わり。はあ、早く帰りてえ。何で病院ってこんなに時間かかんだよ」
不満そうなアヅマを宥める。会計が早く済むように、祈った。
 病院から帰ると、もう昼になっていて、立ち上がりかけたアヅマを制し、マツダが作ることにした。
「何食いたい?」
「えー、焼きそば」
「麺あったっけな……。あ、あった。野菜も入れるから食えよ」
「げえ……」
嫌そうなアヅマの視線を後頭部に受けながら、焼きそばを作る。アヅマの好きな肉はもちろん入れるが、野菜も入れる。手際よく材料を切り、炒めていく。
「ほら、出来たぞ」
「うん」
マツダは焼きそばを二人分ダイニングテーブルに並べて、アヅマをソファから立ち上がらせて、支えながらダイニングテーブルの方へ導く。よいしょ、と言って座ったアヅマを満足そうに見て、自分も席につく。アヅマは焼きそばを美味しいと言っているが、器用に野菜だけを避けて肉と麺だけを食べている。
「おい、野菜も食えって言っただろうが」
「絶対やだ」
アヅマの皿から野菜を箸で摘み、彼の口元に押し付ける。アヅマは険しい顔をした。そんな顔を見て、マツダも険しい顔をする。
「食え」
「やだ。絶対やだ。ムリ」
「食わねえと治るもんも治らねえぞ」
「なら治んなくていい」
絶対に口を開かないという意志を感じる。マツダは溜息を吐いて、野菜を皿に戻した。
「ほんと、お前のその野菜嫌いなんとかなんねえのか」
「嫌いなもんは嫌いだからムリ」
反省する様子は欠片もない。むしろ居直っている。諦めて皿を片付けた。
 次の二週間後、またマツダも付き添って病院へ行った。アヅマが診察室に入ってしばらくした後、看護師がマツダに近付いてきた。
「あの……、アヅマさんのお連れの方、ですか?」
「え、はい、そうですが」
マツダがソファに腰掛けているので、看護師は屈んでマツダを見上げた。看護師はどこか思案顔だった。
「あの、実はご相談がありまして。アヅマさん、普段のご様子はどうでしょう?」
「普段……ですか? ええと、普通に骨折患者として生活してますけど。ギプスもしてますし、松葉杖もついてますし」
「アヅマさんに入院して頂くように、お連れ様のほうからも説得して頂けないでしょうか」
「え! 入院ですか?」
マツダは驚いて思わず声を上げてしまった。周りを見まわし、慌てて声を潜めた。
「当院に運ばれて一週間ほどは入院されて居たんですが、強引に退院なさって」
「え……、入院してたんですか?」
マツダが知らなかったことに看護師は驚いたようだったが、気を取り直して話を続ける。
「頭や腕の怪我もですが、足の状態があまりよくないんです。いくら手術したとはいえ、開放骨折でしかも粉砕骨折なので。入院もそうですが、松葉杖じゃなくて車椅子にして頂きたいくらいなんです。経過観察も必要なので通院して頂いておりますが、本当は入院の方がいいんですよ」
「分かりました。私の方からも言ってみます」
看護師はホッとしたように笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします。それでは失礼します」
看護師の去ったあとを見ながら、マツダは考える。
(聞いてたよりすげえ大事じゃねえか。帰ったら言わねえとな)
何故、アヅマは言わなかったのだろう。疑問が頭をグルグル回った。病院が終わった後、スーパーに寄って、マツダのマンションに帰った。
 ソファへ向かおうとしたアヅマをダイニングテーブルに着かせ、マツダも正面に座る。
「話がある」
「なになに、どうしたん?」
気楽そうに聞くアヅマに、マツダは小さく嘆息し、腕を組んだ。
「お前、本当は入院した方がいいんだってな」
「……誰に聞いたん?」
「看護師さんだよ。お前入院してたのに、強引に退院したんだろ」
「そうだけど」
「今からでも遅くない。入院しろ。脚が相当悪いらしいじゃねえか」
アヅマは困ったように笑った。
「入院なんかしてたら、貯金が底をついちまう。そんな金ねえし」
「だったら、俺に相談しろ。賠償金が入るのに時間かかるから、入院費払えねえのは分かるが。返してくれるなら、貸すのに」
「え〜? 悪いし、そんなに迷惑なんかかけられねえよ」
迷惑なんて、そんなこと思わないのに。どうしてこんなにアヅマは頑ななんだ。
「俺って、そんなに信用ねえか? 恋人がそんなことになってたら助けてやりてえよ」
「……うん、まあ、そうだろうね」
気まずそうにアヅマが頬を掻く。恋人として生きてきたのに、まだ心の距離があるのだろうか。
「心配する俺の気持ちも分かってくれ。な?」
「…………うん、分かった」
「昼食ってからまた病院行こう」
マツダは昼食を作り食べると、入院のための準備をして、必要なものはアヅマのアパートに取りに行き、病院へ向かった。病院に着いて、入院手続きをした。
 四ヶ月後、アヅマは退院した。脚も概ね回復して、まだ松葉杖は要るが、ちゃんと歩けるようになった。見舞いに行って、車椅子に座っているアヅマを見て、心を痛めた。アヅマの言葉を鵜呑みにして、無理をしていることに気づかなかった自分が歯痒い。ベッドの上や車椅子で外を眺めるアヅマはいつもつまらなさそうで、よく本や雑誌を差し入れしたが、パラパラと捲るばかりだった。
「良かったな、退院できて」
「まあね。ありがと、金貸してくれて。この前振り込まれたから返すよ」
「分かった。いくら良くなったからって無理はすんなよ」
頭の傷はすっかり良くなり、腕のギプスも取れたが、脚だけはまだギプスをしている。松葉杖で歩くアヅマを支える。

 更に数ヶ月後、脚も癒え、自由に歩けるようになった。バイトは休職期間が長すぎて退職することになってしまって、また別のバイトを始めたばかりだ。新しい仕事は覚えることばかりで大変である。日曜日なので家にはマツダが居るはずなので、バイト帰りにマツダ宅を訪れる。それを機嫌良くマツダが迎え入れる。
「夕方から酒飲んでんの?」
「なあに言ってんだ、もう夕方だろ? 昨日釣ったアイナメが美味えんだ」
マツダは昨日釣りに行ったので、釣果をつまみに呑んでいたようだ。
「あーん」
切り身を摘んだ箸をアヅマに突き出す。
「なに、恥ずいんだけど」
「いいから、いいから」
「ん」
モグモグと噛み、飲み込むと口を開けておかわりをねだる。それを機嫌良さそうに彼が見つめていた。
「夕飯はどうすんの」
「まだ魚あっから、海鮮丼にする」
「おお〜! 豪華じゃん」
「楽しみに待っとけよ!」
ふんふんと鼻歌を歌いながら、キッチンに向かう。アヅマはそれを楽しげに見やった。
 風呂から出ると、先に入ったマツダが肩を抱いて、アヅマにキスした。そして思いっきり抱きしめた。
「あ〜、力一杯抱きしめられるなんて、本当久しぶりだな! あ〜、アヅマ〜」
アヅマはマツダの背に手をまわした。宥めるように撫でる。
「悪かったよ」
「本当反省してんのか? 心臓に悪いからもうあんなことにならないようにしてくれよ」
「うん。でも突っ込んできたのは向こうだから、不可抗力だし!」
「まったくお前は」
傷の治った頭を抱えて、おでこに口付けた。
「なあ、ベッド行こうぜ」
「いいよ」
連れ立って、マツダの寝室に向かう。キスしながらベッドにのしかかる。
「ん、ちゅ、ん、あ」
マツダの舌が入ってきて、こしょこしょと舌先をくすぐられる。そのまま絡め取られ、蛇の交尾のように絡み合う。アヅマの着たばかりのシャツを脱がせて、放り投げると、マツダの指が乳首を捏ねた。そのまま続けていると、ぷっくりと膨らんでくる。それに気分が良くなったのか、吸い付いてきた。
「あっ……」
「んー、アヅマは乳首好きだなあ」
「うるせー」
生意気な口を塞ぐように、ハーフパンツの中で首をもたげ始めたモノを撫でた。
「ん……」
鈴口を指先でほじくり、粘液を絡めて幹を擦る。
「あー……」
サイドテーブルからローションとゴムを取り出し、マツダは自分の手に垂らし、ぐちゃぐちゃと絡めると後孔に指を突き入れた。
「久しぶりだからきちぃなあ」
「んー」
適当に指を二本に増やして、中を掻き回す。指を引き抜くと、彼は自分のそれにゴムを被せた。
「もう入れんの?」
「俺はきついくらいがイイから」
ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。苦しそうにしてるくらいが好きなのだ。先端を孔に押し付けると、グッと腰を進めた。
「ぐう……」
「んー、本当狭いな。まあ大丈夫だろ」
怪我をしたときは何をするにも心配して、何でも世話を焼いていたのに、セックスの時は傍若無人になる。それがマツダだった。ぐんぐんと押し進め、根元まで入ったそれをゆっくり動かしていく。
「ああ、やっぱりアヅマの中はいいな。すごいぎゅうぎゅう締め付けてくる」
「もう少しゆっくりしてよ」
「……なあ、いいか? いいよな?」
アヅマの言葉を遮って、マツダはそれを言った。久しぶりだし、思い切り楽しみたいのだろう。
「……うん、いいよ」
マツダが拳を握り締めた。アヅマは体を震わせて目を瞑る。彼は握り込んだそれを、アヅマの腹を目掛けて打ち込んだ。衝撃が走る。重い一撃だ。アヅマは吐き気を堪えた。更にもう一発。しばらくすると肌の色が変わり、赤く染まり、そして紫色へ。殴ったことで興奮が高まったマツダは強引に腰を動かした。震えるアヅマを慰めるように、上体を倒してキスをした。アヅマはマツダの背にしがみついた。
「んっ、う、あ、はあっ」
「マジでいいわ。すげえ、中が俺を食い千切ろうとしてやがる」
マツダが激しく動かすので、頭がヘッドボードにガンガンぶつかる。それもいつものことだった。
「あっ、あっ、んぅ」
「やべえ、久しぶりすぎてもうダメかも」
中を楽しむ動きから射精を目指す動きに変わる。奥を擦られて、アヅマが痙攣して締め上げると、マツダも達した。

 預かった鍵を使って、マツダの部屋に行く。今日はアヅマが夕飯を用意してやることになっている。
「ふんふーん」
バイト先の有線で流れている流行りの曲を口ずさみながら、慣れた手つきで材料を切っていく。同じ曲が延々と流れるので覚えてしまった。しかも結構好きなタイプなので、スマホに入れた。軽快に刻んでいると、ノリノリすぎたせいか指が滑り、包丁を落としてしまった。
「うっわ、あっぶね」
足に刺さることはなく、床に落ちていた。慌てて拾って洗う。材料を炒めていると、玄関から物音がした。リビングのドアが開いて、住人の帰宅である。
「ただいま。なんか、美味そうな匂い」
「だろ〜? もうちょっとだから待ってて」
窮屈なネクタイを緩めながら、マツダがアヅマを見やった。すると怪訝な顔をする。
「んー? 何か床、血垂れてねえか?」
「へ?」
アヅマが足元を見やる。靴下が赤色に滲んでいる。染み込まなかった赤色が床に広がっていた。マツダが近付いてきて、アヅマを振り向かせた。
「ちょっと見せてみろ。うん? チノパン、赤くなってるし、よく見ると穴開いてるな。もしかして怪我した?」
「あ、さっき包丁落としたんだけど、そのせいかな」
「包丁? 危ねえな。ちょっと一旦手止めて、ズボン脱いでみろ」
アヅマは言われた通り、火を止めて炒めるのをやめて、チノパンを脱いだ。すると表れたのは、太ももに走る一本の線で、そこから血が垂れていた。
「あー、深くはなさそうだが、切れてるな。ちょっと待ってろ」
マツダが救急箱を持ってきて、ガーゼを貼る。
「簡単なもんだが、しないよりはマシだろ」
「えー、どうしよ、血まみれのチノパンじゃ、電車乗れねえじゃん」
「替え置いてなかったか? 何かなかったっけなあ」
マツダが寝室に向かう。しばらくして彼が戻ってきた。ついでに部屋着に着替えている。
「なかった。仕方ねえから俺のズボン履いとけ。ウエストと裾が余るのは仕方ねえから、ベルトして裾は折ってくれ」
「マツダの体格が良いのがムカつく」
「なあに言ってんだ。仕方ねえだろ」
仕方ないので借りて履いた。
「何かさ、お前ってちょっと痛みに鈍いタイプ?」
「え、何で?」
「この前怪我した時もそうだったけど、全然痛そうにしないじゃねえか」
「そうでもないと思うけど」
マツダはその返答に納得できないようで、首を傾げる。
「そうかあ? んー、お前がそう言うならそうなのかもしれねえけど。もうちょっと自分を大切にしろよ?」
「してるって! マツダは心配性だな」
アヅマはいつもと変わらない笑顔で言った。マツダは世話のかかるやつだなあ、と笑った。

 次の日曜日、マツダと車で出かけることになっていた。近隣の県にある漁港に隣接しているアンテナショップで、美味しいアジフライが食べられると有名で、魚に目がないマツダはアヅマを誘ったのだ。彼は機嫌よく、車を運転している。車のラジオから流れるのは、これまたバイト先でよく耳にする、流行りのラブソングだった。今までの人生で、ラブソングを聞いてピンときたことがなかったが、マツダと付き合うようになって、恋愛の楽しさや切なさというものを何となくだが分かるようになってきた気がする。ラブソングを聞いて、共感が出来る日が来るなんて予想だにしなかった。アヅマは心が浮き立った。
「どうした? やたら機嫌良さそうだな」
「何言ってんだ、機嫌が良いのはお前の方だろ。すげえニコニコしてんじゃん。そんなにアジフライ楽しみなのかよ」
「まあな。それにお前と一緒だから、なんて」
「はあ~? よくもそんなことを恥ずかしげもなく言えんな」
彼のアヅマを見る目がやたらと優しくて、恥ずかしくなって目を逸らした。マツダは件のラブソングを口ずさんでいる。こんなことも悪くないなと、口にはしないけれど、そう思った。アンテナショップすぐそばの駐車場に車を停めて、店内に併設されている定食屋に並ぶ。十一時前だというのに列が出来ていて、二人もその列に加わった。三十分ほど並んで、席に案内される。すぐそばの海で揚げられたアジは本当に美味しかった。捕れたてはこんなにも違うのか、と感心してしまった。マツダなど、一つ覚えのように美味い、美味いと言いながら食べていた。幸せそうな彼を見て、胸がいっぱいになった。
 アヅマのアパートの前で車が停まる。帰りの車の中も楽しかった。ラジオで流れた、昔流行っていた懐かしい曲を二人で歌ったり、言い足りなかったアジフライの感想を言い合ったり、また行きたいな、なんて言ったりして。マツダはそっとアヅマの頬にキスした。何故か緊張した面持ちだった。それが可笑しくて、マツダの唇に自身のそれを重ねた。戯れ合うようにキスを重ね、額や頬や唇に、唇を押し付けた。マツダの唇がアヅマの首筋に流れていく。キスをしようとして、アヅマのタートルネックセーターの襟を捲って、マツダが凍りついた。
「あっ、ちょ、まっ……」
「……何だこれ」
マツダが襟を強引に下げる。アヅマの首筋に浮かぶ赤黒い鬱血。まるで手で首を絞めたような。鬱血は手のひらや指の形をしていた。
「……どうしたんだこれ。誰かに襲われたのか?」
「……いや、……そうじゃねえ、けど」
「じゃあ、何だ」
「……えー、SM的な?」
マツダの額に青筋が浮いた。そして彼は車を降りた。
「降りろ」
「え? 帰るんじゃねえの?」
「……」
黙ってしまった彼が相当怒っているのに気付いたアヅマは、言われた通りに車から降りて、アパートの自分の部屋に向かう。後ろから着いてくる気配を感じながら、鍵を開けた。アヅマの後ろから、隙間を縫うようにマツダが強引に入ってくる。力いっぱい閉めるものだから、ドアノブが壊れたかと、呑気に思った。ローテーブルの前に座ったアヅマを見下ろし、マツダは高圧的に言い放った。
「脱げ」
「何を?」
「全部だよ。上も下も」
こういう時のマツダは頑として譲らないのを知っているので、黙って服を脱ぐ。服を脱いだアヅマの体を点検するように、上から下まで観察した。アヅマの体には、縄状に鬱血した痕や、細いみみず腫れが無数にあった。
「この手首と足首、肩とかのは縄で縛った痕か?」
「うん」
「このみみず腫れは何だ? 鞭か?」
「確か、そう」
「首は手で絞められたのか?」
「うん。力加減ってもんを知らないから、息ができなかった」
その言葉にマツダの顔が真っ赤になり、アヅマの頬を思い切り張った。
「何すんだ」
アヅマの言葉には答えず、質問する。
「それで? 何でお前は、そのSM的なことをしてんだ?」
「あー………、言わなきゃダメ?」
「バカにしてんのか」
今度は容赦なく拳で殴った。殴られたおかげで唇の端が切れた。
「質問を変える。そのSM的なことをした相手――男だか女だか知らねえが、どこで出会ったんだ」
「んー、普通に出会い系だけど」
「何で俺が居んのに出会い系なんてやってんだって話してるんだけど」
「言わないとダメ?」
「またぶん殴られてえのか」
アヅマは嫌そうに顔を歪めた。そして幾ばくか逡巡したのちに、重い口を開いた。
「あのさ、マツダさ、俺に言ったじゃん。俺が痛みに鈍いんじゃないかって。実はさ、そうなんだよ」
「どういうことだよ」
「俺、子供の頃から感覚が鈍くて」
マツダは乱暴に頭を掻いた。苛立ちを隠せていない。
「それがどうして出会い系に繋がるんだよ」
「島でマツダに殴られてセックスした時、生きてるって実感が湧いたんだ」
アヅマは異様に目を輝かせて言った。
「悪い、意味が分からないんだが」
マツダは困惑の色を隠せなかった。
「感覚が鈍いって言ったろ? 触られてもあんまりよく分かんないし、痛みも感じない。生まれつきだと思うんだけど」
「え? 痛みを感じない……?」
「そう。触られても分かんない、痛みも分からないってなると、生きてるって言うのか、そういう実感があんまりなくて」
「でもお前、殴ろうとすると怖がるじゃねえか」
「そりゃあね、殴られるのは怖いから。でも別に痛くないんだよな」
マツダはショックを受けたのか、顔色を悪くし、額に手をやった。
「感覚が鈍いってのは理解しきれねえ部分もあるが、分かったとしよう。話、戻るけど、それがどうして出会い系になるんだ」
「んー、そうだな、新たな生きてるっていう実感を得るため……、というか、マツダに殴られるだけじゃ足りなくなったというか。だから、出会い系でMのフリしてSというか、マツダみたいに暴力衝動抱えてるようなやつと寝ると、マツダみたいに優しいやつってほとんど居なくって、めちゃくちゃに暴力振るってくれるから、体中傷だらけ、痣だらけになって、俺がちゃんと生きてるっていう痕が体に残るんだ」
マツダは大きく息を吐き、自分を落ち着かせようとしているようだった。苦しげに、次の言葉を紡いだ。
「そもそもお前は最初から俺が触った感覚も、殴られた感覚もなかったってことか」
「うん、そう」
彼は谷の底にでも落ちたような表情をした。それもそうだろう、今までの触れ合いも、セックスも、何も感じなかった、意味がなかったと言われたに等しい。
「でも俺、マツダに触られるの好きだよ。俺のこと好きでいてくれてるんだって分かるから。セックスも殴られると、ここに居て良いんだって思えるんだ。だからマツダとセックスするのも好き」
「その……、出会い系は止められねえのか」
「マツダが止めろって言うなら止めるよ。新しい実感が欲しかっただけで、セックスがしたかったわけじゃねから」
「ついでにセックスも楽しみたかったなんてほざいてたら、殺すところだった」
アヅマは苦笑いした。マツダがさっぱりしているよういて、執念深くて嫉妬深いのは、分かっていたけれど、生への執着の前では、それらのことは考慮されていなかった。
「そりゃあそうだよな。俺、バカだからこんな方法しか思いつかなかったけど。もしかして、というかやっぱり、俺のこと嫌いになった……?」
「浮気しておいて何で嫌われないって思うんだ」
「そっかあ。まあ、普通そうだよな」
アヅマは参ったなあ、と呟いた。
「俺が好きなのはマツダだからさ、誰と寝ても、一番生きてるって思わせてくれるのは、マツダだけなんだ。もう恋人は無理だとしても、セフレとかでもいいから、抱いてほしいんだ。もちろん、マツダにもメリットはある。お互い分かりあってるから、割り切れて揉めない」
「はああ……。何でそうなるかなあ。……正直すげえムカつくけど、……嫌いになれねえ」
「じゃあ、付き合ったままでいてくれるってこと?」
「……お前のことは嫌いになれねえ、……というか好きだ。だからこそ割り切れねえこともある。時間をくれ」
「分かった」
マツダは静かに頷いた。その顔は疲労に満ちていた。

 一ヶ月後、マツダの方から会いたいとメッセージが届いた。もちろん、アヅマは了承した。外でできるような話でもないしということで、マツダのマンションで会うことになった。預かっていた鍵は返していたので、マンションのオートロックのチャイムを鳴らす。しばらくしたのち、はいと声がした。
「アヅマだけど」
「ああ……、入れ」
マツダの部屋がある階までエレベーターで昇り、部屋へ向かう。玄関の鍵は開いていた。迷うことなく入り、リビングに繋がるドアを開けた。マツダはダイニングテーブルについていた。久しぶりに見る光景に、少し胸が熱くなった。まずマツダが口火を切った。
「久しぶりだな」
「うん、久しぶり」
目が合わない。マツダは明後日の方向を見つめている。
「それで? 心は決まったの?」
「ああ……。決めた」
アヅマは柄にもなく緊張した。
(別れたいとか言われるのかな)
「とんでもないことをやらかしたお前だが、好きなもんは仕方ない。やったことも含めて、お前を受け入れる」
「へ? マジ? そりゃあ……嬉しいけど、要は浮気してたんだぜ」
アヅマは皮肉気に笑う。
「分かってる」
「俺が言うのもなんだけど、お前優しすぎない?」
「自分でも言うのもなんだが、そう思う」
今度は顔を歪めた。今にも泣きだしそうだった。
「お前の症状について、俺なりに調べてみたんだが。もしかしたらお前、先天性無痛症ってやつなんじゃないか」
「無痛症?」
「外部からの刺激に乏しく、自分の体を実感できないらしい」
「……そうなのかな」
マツダは顎を掻いた。何かを思案しているようだ。
「その病気だとしたらちゃんと診断も受けなければいけないだろうし、一度ちゃんと病院に行ってみないか」
「そんなのを診断してくれる病院なんて、あんの?」
「病院ももちろん調べた。あることにはある。だから俺も着いていくから一回病院で診てもらおう」
「俺が病気だって分かったところで、マツダには何の得もないじゃん」
「メリットはある。どういう病気か分かれば、どうお前を支えていけばいいか分かるだろ」
アヅマは困惑した顔で、笑った。
「まるで添い遂げるみたいな言い方だな」
「俺はそのつもりで言ってる。俺は一生お前を離さない。誰にもやるかよ。お前は俺のもんだ」
驚愕したアヅマの眦から一筋雨が零れた。
「本気で言ってるのか。多分、ずっと一緒に居ても、一生お前には俺を理解できない」
「分かってる。それでも俺はお前を選ぶ。ずっと俺のそばに居ろ」
堤が決壊するように、涙がアヅマの頬を伝う。拭っても拭っても、まだ溢れてくる。
「俺はずっと自分のことを隠してきたから、誰にも分かってもらえないと思ってた。それは無理なことなんだって。でもマツダは分かってくれようとしてくれるのか」
「他人と同じように見えるように振舞って生きるなんて生易しいことじゃない。つらかったな」
マツダの大きな手のひらがアヅマのそれを包む。温度は感じないけれど、温かいというのはきっとこういうことなのだろう。
「俺とずっと一緒に居てくれ」
「こんな俺でいいの?」
「ああ。ヘラヘラしているように見せかけて、繊細で怖がりなお前を愛してる」
嗚咽を殺すために、唇を嚙み締めた。泣きながら今までで一番穏やかな顔をした。
「アヅマ、そんな顔出来るんだな」
「どんな顔?」
「すっげえ優しい顔してる。お前ってさ、結構感情表現控えめだから」

 幼い頃、両親は自分の機嫌の如何によって、「躾」をした。だがアヅマはその頃からすでに痛みも熱も感じなかったため、殴られてもタバコの火を押し付けられても、泣かない子供だった。それを不気味に思った両親は、この不可解な子供に苛立ち、さらに「躾」をした。そんなアヅマに変化が起こったのは、弟の誕生によるものだった。両親はアヅマよりもさらに幼い弟にも、アヅマにしたのと同じように「躾」をした。弟は普通の子供だったので、殴られたり冷水をかけられたり、真冬にベランダに放置されることに、苦痛を感じてはよく泣いていた。アヅマはそんな弟の様子を見て、学習した。「躾」されることは怖いことだからその行為に怯えること、殴られれば痛みを感じて、冷水をかけられれば寒いものだということを。そういったことを弟の存在によって吸収した。そうしてアヅマも、弟がそうするように、振舞った。泣かない子供が、暴力を振るわれることに怯えて泣き、「躾」のたびに顔を歪めて恐れるようになった。その変化を両親はたいそう喜び、弟が生まれて以降、「躾」は苛烈さを増した。そして地獄は、両親が交通事故でこの世を去るまで続いたのだった。

 愛しい彼の指先が、アヅマのおつむを撫でた。アヅマは静かに目を閉じて感じ入った。触られているのは何となく分かるけれど、気持ちいいという感情は湧かない。でもアヅマは知っているのだ。幼い頃に見かけた親子。親は愛おしそうに子供の頭を撫で、それに対して子供は嬉しそうに笑っていたことを。頭を撫でるという行為は愛情表現であり、そうされることは嬉しいものなのだと。それにマツダの手は優しいということを知っている。だから安心して身を預けられる。体を任せて安心出来たのは、マツダが初めてだった。マツダの唇がアヅマのものに重なる。マツダの手のひらが、信じられないくらい優しく背中を撫でているようだったから、泣きそうになってしまった。
「いいか?」
「うん」
マツダはアヅマを横たわらせると、確かめるように胸や腹を触る。壊れ物に触れるように慎重なものだから、笑ってしまう。
「そんなにしなくても」
「いや、なんつうか、久々だし、緊張しちまって。こうして触っても何にも感じないんだよな?」
「うん。見えてるから触ってるのは分かるけど」
アヅマのティーシャツとズボンを脱がせて、肌を検分する。そして満足そうに笑った。
「信じてなかったわけじゃねえんだが、その、ちゃんと出会い系は止めたんだな」
「そりゃあな。俺にはマツダさえ居てくれれば良かったんだし、元々」
マツダは嬉しそうに笑って、アヅマの体中にキスをする。良い子だと褒めるみたいに。舌が伸びて、肌を濡らしていく。何も感じることのできない体なのに、丹念に愛撫してするマツダを見るのが、体のことを告白する以前から好きだった。
(大事にされてるみたいで嬉しくなる)
彼は実際アヅマを大切にしているが、それを目で見て実感するのは格別の喜びだった。マツダの唇が乳首に吸い付いた。大きい赤ん坊みたいだなと思いながら、彼の髪を漉いた。
「そんなに丁寧にしなくてもいいんだぞ。感じねえんだから」
「なあに言ってんだ。セックスは前戯込みでセックスなんだぞ。それにお前に触ってる方が興奮するし」
「そうなん」
「お前に触ってる方が興奮する」なんて、思いがけず嬉しいことを言われて、照れた。
(じゃあ、いっか)
マツダが満足するまで好きにさせることにした。でも確かに触られている方が、精神的に興奮する。身体的な快楽は得られないが、心は彼に触れられることに悦び、満ちている。マツダの手のひらや唇が下半身を通り越して、足にまで到達して、足首を見て驚いている。
「この前体見た時には気付かなかったけど、足首にもケロイドあるんだな」
「……あー。そうだったかも。子供の時、蚊取り線香に足突っ込んじまって火傷したんだよな」
「だから渦巻きなのか」
マツダの舌が足首のケロイドを這う。まるで在りし日の痛みを慰めるようだった。彼の唇が足首から甲へ、そして指に移動する。足指を舐めしゃぶり、指の股をくすぐる。
「さすがにそんなとこ舐められるのは汚い気がするっていうか、恥ずかしいんだけど」
「お前でも恥ずかしいとか感じんのか」
「普段はあんまり感情って出てこないんだけどさ、さすがにこれは恥ずかしい」
頬を染めたアヅマを満足そうにマツダは見つめた。下着を脱がされて、アヅマのものが顕わになる。
「いつもセックスの時、自分が興奮してて見落としてた部分もあったと思うんだが、あんまり勃たないんだな」
「うーん、いつもそうかも。直接触られても勃起しないっていうか。中を擦られると自動的に勃つみたいなんだけど」
「そっかあ、じゃあアヅマは中の方が好きってことか!」
「何でそんな話になるんだよ」
幹への刺激もそこそこに、マツダはサイドテーブルからローションとコンドームを取り出した。ローションを手に垂らすと、後孔に指を差し入れた。
「ん……」
「指とか入れると反応するのは何でなんだ?」
「本来モノが出るように出来ているところに、無理にモノを入れているんだから、さすがの俺でも違和感を感じるんだよ」
「ああ、なるほど。苦しいか?」
「いや……、大丈夫。もっと増やしてもいい」
マツダは彼の言葉に従って指を増やした。中を拡げたり、粘膜を擦ったりして、慣らしていく。指をフック状にして、トントンとアヅマの弱いところをノックしてやると、勃起し始めた。それを嬉しそうに眺めたのちに、マツダも身に着けていた服脱ぎ、自身をゆるくこするとコンドームを被せた。
「すっごい今更なんだけど、本当にいいのか? 俺だけ気持ちよくなるのが何だか申し訳ない気がしてきたっつうか」
「マジで今更だな。いいんだよ。俺はお前が俺で気持ちよくなってるのが嬉しいんだからよ」
「そっか」
リラックスして横たわるアヅマの上に覆い被さり、ひとつキスをする。足を広げさせると、後孔に侵入した。
「あー……」
「やっぱきついなあ。そこがいいんだけどな。……苦しいか?」
「平気。これは入れられると思わず出ちゃう声だから気にすんな」
ぐっと腰を押し進め、深く深く潜り込む。マツダのそれが中のイイところを擦ったとき、トロトロとアヅマのものから白いものが混じった先走りが零れた。腰を大きくグラインドさせて、中を搔きまわす。ぐちゃぐちゃと淫靡な音がする。
「あっ、あっ、んぅ、んっ……」
「奥突いてもいいか」
確認だが了承を得る気のない言葉に頷いた。そしてマツダが自分のものをすべて埋めきっていなかったことを知る。
「まだはいんの」
「全部は入れてなかったからな……。ふう……」
また中に入ってくる異物感がする。今度は最奥にまでぴたりとはまった。マツダのものとアヅマの中はあつらえたように、お互いがお互いのためにあるかのようだった。ものを抜き差しされて、奥をゴツゴツと突かれ、前立腺は擦られて、アヅマの口からは意味のない言葉しか出なかった。
「あっ、あ、あっ、う、んっ」
「そのエロい声が感じて出てるんじゃないってのが、本当に残念だなあ」
「突かれて、んう、るんだからっ、出ちまうんだよっ」
アヅマはマツダの首に腕を巻き付けた。頭を持ち上げて口付ける。
「なあ、今日は殴んねえの?」
「ああ……、ちょっと今はそんな気分じゃねえんだよな。されたいのか?」
「いや、そうじゃなくて、マツダは満足してんのかなって」
「俺のことはいいんだよ。今日は触れ合うのが目的なんだから」
アヅマは少しだけ不安そうな色を滲ませた。
「気持ちいいの?」
「いいよ。めちゃくちゃいい。心配しなくてもお前とのセックスはイイよ」
「そっかあ」
彼の腰の動きが早まる。高まってきたのだろう。アヅマもそれに合わせて、ゆらゆらと動かす。彼の硬いそれが前立腺を重点的に攻め、アヅマは自分が射精したことをうっすらと感じ取った。中は勝手に蠢動し、マツダを締め上げる。
「……あ、う」
彼の腰が震えているので、彼も達したのだろう。彼は自分のものを引き抜き、コンドームの口を縛るとゴミ箱に放った。アヅマの隣に横たわり、彼を抱き締めた。
「もう終わり?」
「言ったろ、触れ合うのが目的だって」
マツダの胸に耳を押し付ける。まだ少し早い鼓動が心地よかった。ぎゅうと抱き着く。
「何だ、甘えてんのか。可愛いな」
「……あのさ」
「ん?」
マツダが続きを促したが、なかなか言わない。頬を赤くしたアヅマが逡巡している。
「なあにモジモジしてんだ」
「……あのさ、これは、なんて言うか、我が儘かもっていうか……」
「何だよ、言ってみろって」
アヅマはうるんだ瞳でマツダを見上げた。切実な願いを込めて、囁いた。
「頼む。俺が生きてるって自分でも分かるくらいに強く抱きしめて欲しいんだ」

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